アニマルウェルフェアとは?基本概念と重要性

アニマルウェルフェアという言葉を聞いたことがありますか?「動物福祉」と訳されるこの概念は、私たちの食生活や社会のあり方に大きな変化をもたらしています。

アニマルウェルフェアとは、人間と共に生きる動物たちが不必要なストレスなく健康に過ごせるよう、適切な飼育環境を提供することを指します。単なる動物愛護とは一線を画し、人間による動物の利用自体は許容しつつ、その生活の質を高めることを目指しています。

この考え方の発端は1960年代のヨーロッパ。イギリスの活動家ルース・ハリソンによる「アニマル・マシーン」という本が、集約的な家畜飼育の問題点を痛烈に批判したことから始まりました。その後、社会問題へと発展し、イギリス議会は家畜の「5つの自由」という基本原則を定めたのです。

この「5つの自由」とは何でしょうか?

  • 空腹・渇きからの自由:適切な食事と水の確保
  • 不快からの自由:快適な環境の提供
  • 痛み・外傷・病気からの自由:予防と迅速な治療
  • 本来の行動がとれる自由:十分なスペースと仲間の確保
  • 恐怖・抑圧からの自由:精神的苦痛を与えない環境

現在、この考え方は国際スタンダードとなり、WOAH(国際獣疫事務局、旧OIE)はアニマルウェルフェアの世界基準を策定。日本も加盟国として対応が求められています。

実は鶏は非常に高度な知能を持った生き物です。簡単な足し算ができ、他の鶏の考えに共感する能力もあります。私たちと同じように苦しみや喜びを感じることができるのです。

ケージフリーとは?従来の飼育方法との違い

「ケージフリー」という言葉を卵のパッケージで見かけたことはありませんか?これは単なるマーケティング用語ではなく、鶏の飼育方法における重要な違いを表しています。

鶏の飼育方法は大きく3つに分類できます。1つ目は「バタリーケージ」と呼ばれる従来型のケージ飼い。2つ目は「エンリッチドケージ」と呼ばれる改良型のケージ飼い(止まり木・巣箱付き)。そして3つ目が「ケージフリー」と呼ばれる平飼い・放し飼いです。

日本の卵の90%以上は従来型のケージ飼いで生産されています。一方で、欧米を中心に急速に切り替えが進んでいるのがケージフリーなのです。

従来型のケージ飼いでは、鶏はA4用紙よりも狭いスペースに閉じ込められています。生産性と衛生面では優れていますが、鶏が本来持つ行動(羽ばたき、砂浴び、止まり木で休むなど)を一切できません。

エンリッチドケージは従来型より少し改良され、止まり木や巣箱が付いていますが、それでも鶏1羽あたり750cm²(A4用紙よりやや大きい程度)のスペースしかありません。

対してケージフリーは、鶏舎内で鶏が自由に動き回れる環境です。「平飼い」と表示される場合は、鶏舎内で鶏が自由に地面を運動できる飼育方法を指します。さらに「放し飼い(放牧)」と表示される場合は、日中の過半を屋外で飼育していることを意味します。

どうですか?同じ「卵」でも、こんなにも飼育環境に違いがあるんですよ。

アニマルウェルフェアと鶏の生活の質

鶏たちの生活の質は、飼育環境によって大きく変わります。研究によると、バタリーケージからケージフリー環境に移すことで、鶏が苦痛を感じる時間が大幅に短縮されることがわかっています。

鶏は元々、南アジアに生息する野鶏から家畜化された生き物です。野生の鶏は捕食される側の生き物なので非常に臆病で、卵を産む時は暗い囲われた巣箱で産み、夜は木の上に飛び上がって休む習性があります。

現代の家畜化された鶏も、こうした本能的な行動パターンを色濃く残しています。木に止まりたい欲求、暗い巣箱で卵を産みたい欲求は今も変わっていないのです。

従来型ケージでは、鶏は一生のほとんどを苦痛の中で過ごすことになります。羽を広げることもできず、止まり木もなく、砂浴びもできない環境では、鶏は本来の行動を一切とれません。

こうしたストレスから、ケージ内の鶏は自分自身や他の鶏をつついてしまうことがあります。これを防ぐために、多くの国ではくちばしを部分的に切断する「デビーク」という処置が行われているのです。

対してケージフリー環境では、鶏は自由に動き回り、砂浴びをし、止まり木で休み、巣箱で卵を産むことができます。これらの自然な行動ができることで、鶏のストレスは大幅に軽減されます。

鶏の行動を細かく観察する動物行動学的研究によると、ケージフリー環境の鶏は従来型ケージの鶏に比べて、明らかに幸福度が高いことが示されています。

あなたならどちらの環境で育った鶏の卵を選びますか?

世界と日本のケージフリー動向

世界では今、ケージフリーへの移行が急速に進んでいます。EUは2012年に従来型バタリーケージの使用を禁止し、2027年までにはあらゆる飼育ケージの使用を禁止する計画です。

欧米ではケージフリーの割合はすでに50%を超えており、グローバル企業の多くがケージフリー宣言を行っています。ユニリーバ、ネスレ、ヒルトン、マリオットグループなどの企業は、すでにケージ飼育を止めて平飼いに切り替えました。

2025年現在、世界のケージフリー宣言をした企業の数は2000件を超えています。これはもはや「トレンド」ではなく、グローバルスタンダードになりつつあるのです。

アジアでもケージフリーへの移行は着実に進んでいます。中国では2021年に公式なケージフリーの基準が発表され、70以上の主要食品会社がケージフリーポリシーを持っています。インドでは22%、インドネシアでは12%とケージフリー比率が増加しています。

タイ、フィリピン、台湾などにも公式な平飼いの規定がすでにあり、タイの大手食品会社CP Foodsの農場をはじめ、ケージフリー認証を取る企業が次々と現れています。

一方、日本ではどうでしょうか?

残念ながら、日本の卵の90%以上が今もケージ飼育で生産されています。しかし、変化の兆しはあります。2025年現在、キユーピーは2030年までにマヨネーズに使用する卵の20%相当量をケージフリーで調達することを目指すと発表しました。

シャトレーゼは2024年に自社農場で鶏の放牧・平飼いを始め、その卵でプリンを製造し、「YATSUDOKI(ヤツドキ)」のブランドで販売を開始しています。

こうした動きは、日本の卵業界や製菓業界に大きなインパクトを与えています。日本でもケージフリーの公式な基準を設ける時代が迫っているのではないでしょうか。

ケージフリー卵の選び方と注意点

「ケージフリー」や「平飼い」と表示されていれば、必ず鶏が幸せに飼育されているとは限りません。卵を選ぶときは、いくつかのポイントに注意する必要があります。

まず、パッケージの表示を確認しましょう。「平飼い」「放し飼い」「有機JAS」と表記されているものを選びます。これらの表記がなければ、ほぼ間違いなくケージ卵だと考えられます。

「烏骨鶏」や「名古屋コーチン」などの表記があっても、「平飼い」などの表示がなければ実際にはケージ飼育されている可能性が高いので注意が必要です。

次に重要なのは飼育密度です。平飼いでも超過密飼育では鶏のストレスは軽減されません。2014年の調査では、平飼い卵の41.5%が1羽あたり1000cm²以下という結果でした。さらに15.1%は370cm²/羽という超過密飼育だったのです。

「放し飼い(特定飼育卵)」と記載されているものであれば、1m²あたり5羽以下で飼育されていることが保証されています。また「有機JAS」認証の卵は、1羽あたり0.15m²(1500cm²)の飼育面積が確保されています。

理想的には、以下のような環境で飼育された卵を選びたいものです:

  • 巣、砂場、敷料、止まり木がある環境
  • 生草を与えられている
  • デビーク(くちばしの切断)をしていない
  • 床があり、そこに敷料が敷かれている

最も確実なのは、実際に農場を見学するか、写真や動画で飼育環境を確認することです。透明性の高い生産者は、喜んで飼育環境を公開してくれるはずです。

あなたの選択が、鶏たちの生活を変える一歩になります。

アニマルウェルフェアがもたらすメリット

人間へのメリット

アニマルウェルフェアの向上は、動物だけでなく私たち人間にも多くのメリットをもたらします。

まず、食の安全性と品質の向上です。ストレスの少ない環境で育った動物の肉や卵、ミルクは健康的で味も良くなります。これは科学的にも証明されています。

また、健康に育てることで薬(特に抗生物質)の使用量を減らすことができ、薬剤耐性菌の発生を抑制できます。これは公衆衛生上も大きなメリットです。

資源の無駄も減り、地球環境にも優しい効果があります。アニマルウェルフェアを促進することで、「人」「動物」「地球環境」の三者が健康で笑顔になれるのです。

生産者へのメリット

畜産業者にとっても、アニマルウェルフェア認定は大きなメリットがあります。信頼性やブランド価値の向上につながり、製品の差別化が可能になります。

BBFAWのランキングを気にする企業やESG投資に敏感な投資家へのアピールにもなります。企業イメージの向上は、他の商品の売上増加にもつながるでしょう。

さらに、動物のことを真摯に考え向き合うことで、従業員のプロ意識も向上します。結果的に働きやすい職場環境が作られ、優秀な人材確保にも寄与するのです。

アニマルウェルフェアへの取り組みは、長期的に見れば企業価値の向上につながる投資なのです。

日本におけるアニマルウェルフェアの未来

日本でもアニマルウェルフェアへの関心は確実に高まっています。2025年4月に発表された「アニマルウェルフェアアワード2025」では、シャトレーゼやキユーピーなどの企業が表彰されました。

認定NPO法人アニマルライツセンターが主催するこのアワードは、アニマルウェルフェアに力を入れた企業を表彰するものです。シャトレーゼは自社で放牧養鶏に取り組み、平飼い卵の安定調達を目指したことが評価されました。

キユーピーは2024年に欧米で使うすべての卵をケージフリーに切り替え、グローバルでは2027年までにマヨネーズに使用する卵を20%ケージフリーにする目標を掲げています。日本でも2030年までにマヨネーズに使用する卵の20%相当量をケージフリーで調達することを目指しています。

キユーピーが年間で調達する卵の量は、日本の年間生産量の10%に相当します。そんな大手企業がケージフリーの調達割合を引き上げたことの社会的インパクトは計り知れません。

こうした企業の取り組みは、日本のアニマルウェルフェア市場を確実に拡大させていくでしょう。消費者の意識も徐々に高まっており、選択肢としてのケージフリー卵の需要は今後さらに増加すると予想されます。

将来的には、EUのように法規制が整備される可能性もあります。企業としては、今からアニマルウェルフェアへの取り組みを始めることが、将来的な競争力の維持につながるでしょう。

まとめ

アニマルウェルフェアとケージフリー鶏の動向は、私たちの食生活や社会のあり方に大きな変化をもたらしています。世界的にはすでに標準となりつつあるこの流れは、日本にも確実に押し寄せています。

鶏が本来の行動を取れる環境で育てられることは、動物の福祉向上だけでなく、食の安全性や品質向上、環境負荷の軽減など、多くのメリットをもたらします。

消費者として、私たちにできることは何でしょうか?それは、食品の選択を通じて「投票」することです。ケージフリー卵を選ぶことは、アニマルウェルフェアを支持する強力なメッセージとなります。

一人ひとりの小さな選択が、大きな変化を生み出すのです。

アニマルウェルフェアについてさらに詳しく知りたい方は、株式会社アニマルウェルフェアのサイトをご覧ください。専門家による最新情報や取り組みについて知ることができます。